
私は中学生のときに英検4級を取ったくらいで、英語とはほとんど縁のない生活をしていました。
20歳を過ぎてから、あるきっかけで英語を学び始め、気づけば今はオンライン子ども英会話スクールで働くようになっています。
特別な才能があったわけでも、昔から英語が好きだったわけでもありません。
少しずつ学習を続けてきた結果、今は英語に関わる仕事をするようになりました。
この記事では、20歳から英語を学び始め、今の働き方にたどり着くまでの道のりを、体験を中心に振り返ってみようと思います。
※当サイト「ゆきのこ広場」では私自身の体験や調べたこと等をもとに記事を執筆していますが、一部リンクにはアフィリエイト広告が含まれています。詳細事項はプライバシーポリシーと免責事項をご覧ください。
英語は得意じゃなく、むしろ苦手だった
英語は苦手で「遠い存在」でした。
小さい頃から英語を学んでいた訳ではもちろんなく、当時は中学になってから本格的に英語学習が始まる時代でしたので、学校で習う範囲の中で英語に触れるだけでした。
学校の授業を真面目に受けてはいたものの、知識として学んでいる感じで、話せる感覚はまったくありませんでした。
英検4級を取ったのは、漢検を受ける感覚に近かったです。
学校で勧められてるし、受験に向けて知識を積み重ねておこう!という感じでした。
英検3級にチャレンジしなかった理由は、3級から英会話の面接があって英語を話すのが怖かったからです(笑)
「英語で何かをしたいな、将来に活かしたいな~」というような気持ちは、当時は特になかったです。
英語に対して、ずっと苦手意識がありました。
人生の中で立ち止まった出来事
20歳を過ぎた頃、人生について考え直す出来事がありました。東日本大震災で被災したことです。
「いつ何が起きるかわからないなら、やりたいことをやってみたい」
そう思い始めた頃、強い目標があったわけではありませんが、偶然にも当時通っていた大学の廊下で「短期留学」のポスターを目にします。
「異文化の中に身を置いてみたい」 「自分の当たり前が揺さぶられたら何を感じるのか知りたい」という気持ちが芽生えました。
バイトして貯金し、短期留学へ
まずはアルバイトをしてお金を貯め、偶然にも存在を知ったその短期留学に行くことを決めました。留学先で教育実習をする、というものでした。
英語が話せる状態ではなく心配でしたが、一生懸命に準備しました。
実際に行ってみると、言葉以外にも笑顔やハグ、顔の表情・ジェスチャーなども含めて、なんとか伝えようとするやり取りがたくさんありました。
「違う言語の方たちとコミュニケーションをするってこんなかんじなんだ!」と体感しました。
なんとか伝わることも多いんだなと実感する一方で、「伝えたいことが伝えられないもどかしさ」を心底痛感しました。
もう一度行きたいと思いワーホリを決意|英会話を学び始める
短期留学の最終日。みんなで空港に向かうバスの中で「もう一度ここに来たい、今度は自分で来てみたい」と強く思いました。
帰国後はそのまま大学に通いながら、バイトを掛け持ちし、英会話教室にも通い始めました。金額が安いところを頑張って探しました。
英会話教室では、様々な目的で幅広い年代の方が通っているのが印象的でした。
教室で出会う方とお話しするのも楽しかった記憶があります。
中古の本のCDで聞きまくったフレーズが役立った
英会話スクールの他にも実践したことは、古本屋さんで買った確か「1分間英会話」というタイトルの本に付属していたCDをiPod(懐かしい!)にコピーして通学の時にひたすら繰り返し聞いていました。
短いフレーズが300個くらい収録されていて、英語の後に日本語を言ってくれるものでした。
聞きまくり練習しまくりのこの約300個のフレーズたちが、ワーホリで1年外国に住んで生活した時に、今思い返すとめっちゃ役に立ってました。改めて実感しています。
また洋楽を聴こう!と思い、ビートルズだろう!と考え、ツタヤで借りてiPodに入れて聴いていました(笑)
洋楽は聴いていただけで、歌うのはまだ無理でした。ビートルズのメロディーに癒されながら、外国の暮らしやビートルズが流行した時代に想いを馳せつつ聞いていました。
英語は自分の世界を広げるための「手段」なんだと体感
大学を卒業しアルバイトで貯金を経て、ワーキングホリデーでもう一度同じ国、オーストラリアへ行くことができました。
今度は丸々1年。
英語の学習も続けていましたが、毎日幅広く様々な体験を実感・吸収しながら生活して生きていくために、英語はその「手段、道具」なんだと体感するようになっていきます。
大学を卒業し就職せずバイトを経てすぐワーホリを選んだ理由は、教育関係の仕事に就く前に、自分の当たり前を根っこから揺さぶりたい、多様な刺激を受けて自分がどう変化するのか体験してみたい!という思いが強かったからです。
ワーホリの一年の中で、ウーフの体験を記事にしています。一つリンク貼っておきます(^ ^)
ワーホリでの体験はかけがえのないものでした。心の底から行って良かった、行く事ができた巡り合わせに感謝だと思っています。
出会えた方たち、大切な友人たち、そして応援して支えてくれた家族みんなに感謝の気持ちでいっぱいです。
英語の歌にハマり、発音が変わった話
オーストラリアから帰国後数年は、教育関係の職に携わり、英語は時々触れるくらいになりました。
英語に触れる時といえば、オーストラリアで出会った方々と会ったり連絡を取る時や、興味本位で当時のセンター試験の英語をネットで調べて解いてみル時、英語の文法を生徒さんに教える必要がある時に予習したりするくらいでした。
英会話教室には帰国後も通っていましたが、仕事が忙しくなり通うのが難しくなってしまった事が重なり退会しました。
そんな頃、結婚を機に夫の転勤先に一緒に引っ越したため、新しい土地で子ども英会話教室の仕事に応募し、ご縁あって働ける事になりました。
英会話を教える立場になるということで、自分の発音にも向き合うようになりました。
教室で働き出す前の研修で習った、子どもたちに教える予定の発音練習方法を自分自身にも試して練習したり、口の動きや舌の動きを意識し学んだりと、1人でトレーニングする機会が増えました。
特にお風呂で1人、ぶつぶつ喋って練習することが多かったです(笑)
その英会話教室で、外国人ネイティブ講師の担当として同じ教室で働いていた、フィリピン人の友人ができました。
夫も含めて3人で出かけるようになり、2人でもよく遊びに行く機会が増え、カラオケに行くこともよくありました。
英語の歌を一緒に歌ったり、友人の発音をまねしてみたり、うまく歌えなくて笑ったりしながら、気づけばまたワーホリの時のように英語を声に出す時間が増えていました。
おしゃべりしたり歌ったり楽しく過ごしていたその時間、英語を通してその友達と繋がることができるのがすごく嬉しかったです。
もっと話を深くまでしたい、理解し合いたい、友達のように上手に歌を歌えるようになりたい!など、英語を「使って」やりたい事が増えていきました。
特に当時、その友達が歌っていた英語の歌を「私も歌えるようになりたい!!」と熱烈に思い(笑)家で皿洗いをする時に毎日毎日歌うようになりました。車を運転する時にも。
時々夫に「声大きすぎだよ(笑)」と注意されることもしばしばありながら、、(ごめんなさい笑)
英語を教える仕事を始めたことと、英語話す仲の良い友人ができた事、英語の歌を歌う事に激ハマりしたことが重なり、結果的に発音を練習する時間が増えていったのだと思います。
今、オンライン英会話スクールで働いています
少し前の転勤を機に当時の英会話教室は退職し、何年か時間が空き、今度は違う会社で子ども向けオンライン英会話教室で在宅講師として働き始めました。
英検や資格がたくさんあるわけではありませんが、これまでの体験や、英語と向き合ってきた時間が、有難いことに今の仕事につながったようです。
英語との関わり方は、人生の段階によって変わってきました。
正直今でも英語に苦手意識はあります。
レッスンの前には、必ず予習をしています。
子どもに教える立場ですが、自分自身も「わからない難しい」の気持ちを痛感してきたので、毎回予習し学びながらレッスンをしています。
子どもさん達一人一人の世界が広がるきっかけの一つに、英語があるといいなと願っています。
子どもさん達が、多様な文化や物事に関わったり知ったりする為の「手段」として、英語を使えるようになることを願いながら仕事をしています。
ちなみに英語の勉強は続けていますが、今も私は英検は4級のままです(^_^;)
今後、英検を受け直したい気持ちもあるので、合格できたら、ここでもご報告できたら嬉しいです。
まとめ|英語との関わりは人生の節目ごと形が変わっていった
英語は、私にとって最初から「仕事にしたい」と考えていたものではありませんでした。
様々なきっかけで、できる範囲で続けてきた結果が今につながっています。
英語があったおかげで、ありきたりな言葉かもですが、文字通り「自分の世界が広がった」と思っています。英語にも感謝です。
英語を始めるタイミングも、関わり方も、人それぞれ色々なストーリーがあるんだろうなと想像しています。
英語をどんどん使って、多様な文化や考えに触れて学んで、自分の世界が広がるきっかけの一つに英語がなるといいなと願いながら、今の仕事をしています。
この記事が何かの参考になればうれしいです!


